当研究班について

C. 研究結果

研究代表者、分担研究者および研究協力者は以下の6つのグループに分かれ、分担しながら並行して検討を進めた。「研究結果」の詳細は各グループの「分担研究報告書」に記載した。また、第2グループから第5グループまでの4グループは、それぞれ2008年度版マニュアル等を作成したので、それらを「研究成果刊行物」として本報告書の巻末に付した。
研究班の全体会議を2008年7月と2009年1月に、またグループリーダー会議を2008年9月と12月にそれぞれ実施した。

1)届け出等判断の標準化検討グループ(責任担当者 山口・高本)

このグループで行った検討の詳細は第1グループの分担研究報告書に記載した。その要点は次の通りである。

a. 医療機関からの届け出

第三次試案及び大綱案においては、平成16年10月より実施されている医療事故情報収集等事業の届け出範囲を参考に、医療機関から医療安全調査委員会への届け出範囲について、下記の通りとしている。
医療安全調査委員会(仮称)へ届け出るべき事例は、以下の[1]又は[2]のいずれかに該当すると、医療機関において判断した場合。([1]及び[2]に該当しないと医療機関において判断した場合には、届け出は要しない。)
[1] 誤った医療を行ったことが明らかであり、その行った医療に起因して、患者が死亡した事案(その行った医療に起因すると疑われるものを含む)。
[2] 誤った医療を行ったことは明らかではないが、行った医療に起因して、患者が死亡した事案(行った医療に起因すると疑われるものを含み、死亡を予期しなかったものに限る)。
この届け出範囲を図示したのが、第三次試案に示された図1である。

i)「誤った医療を行ったことが明らか」

第三次試案における届け出の第一分岐は、「誤った医療を行ったことが明らか」かどうかの判断である。
この判断に際しては、平成16年9月に、日本医学会加盟 19学会の共同声明「診療行為に関連した患者死亡の届け出について〜中立的専門機関の創設に向けて〜」で提示された、
判断に医学的専門性を必要としない、誤った医療を行ったことが明らかか
を判断基準とすることが提案された。

ii)「行った医療に起因して患者が死亡」

第三次試案の、患者の死亡が医療行為に「起因する」ものかどうかの分岐については、行った医療とは異なる要因により患者が死亡した場合に届け出対象外とすることを目的に設定されているものであることから、誤った医療を行ったことが明らかである場合もそうでない場合も(つまり、図1の最初の分岐において左に行った場合も右に行った場合も)、
行った医療とは異なる要因により患者が死亡したもの(本来の疾患の進行による死亡又は偶発症)として医学的・合理的に説明できるか
を判断基準とすることが提案された。

iii)「医療を行った後に患者が死亡することを予期」

医療を行った後に患者が死亡することを予期していたかどうかについては、第三次試案における趣旨がいわゆる合併症を届け出不要とすることであることから、「予期しなかったもの」か、そうでないかは、次の判断基準を用いることが提案された。
ある診療行為を実施することに伴い一定の確率で発生する事象(いわゆる合併症)として、医学的・合理的に説明ができるか
また、上記の検討にあたり、判断を行う順番として、[1]誤った医療を行ったかどうかの判断、[2]合併症であったかどうかの判断、?行った医療とは異なる要因による患者死亡の判断、の順に行うことが臨床専門家としては自然である旨の意見が出されたため、第三次試案の2つ目及び3つ目の分岐の順番を入れ替えることとした。
上記の検討を踏まえた、医療機関からの届け出についての図が、図2である。なお、図2においては、分岐肢に該当する場合は「はい」、「はい」とは言えないすべての場合を「いいえ」と整理した。
なお、患者遺族は別途に、医療安全委員会へ調査を依頼することができる。

b. 捜査機関への通知

これまで医療関連死に関して医師法第21条による届け出がなされた場合、警察による捜査が行われるが、この過程は、医療の専門家が中心となって判断する仕組みとはなっていない。また、警察による捜査結果は公表されないため、事例の教訓を再発防止に活かすことも困難である。さらに最終的に裁判となった場合でも、その焦点は過失の有無の判断となり、裁判を通じて原因究明や再発防止がなされるとは限らない。このような理由から、医療関連死が全て刑事手続きへ移行することはあるべき姿ではないとの考えに基づき、医療者が中心となって調査を行う医療安全調査委員会(仮称)についての議論が行われてきたが、大綱案において、地方委員会は、次の場合には、捜査機関へ通知することとされている。

  1. 故意による死亡又は死産の疑いがある場合
  2. 標準的な医療から著しく逸脱した医療に起因する死亡または死産の疑いがある場合
    注)[2]に該当するか否かについては、病院、診療所等の規模や設備、地理的環境、医師等の専門性の程度、緊急性の有無、医療機関全体の安全管理体制の適否(システムエラー)の観点等を勘案して、医療の専門家を中心とした地方委員会が個別具体的に判断することとする。
  3. 当該医療事故等に係る事実を隠ぺいする目的で関係物件を隠滅し、偽造し、または変造した疑いがある場合、類似の医療事故を過失により繰り返し発生させた疑いがある場合その他これに準ずべき重大な非行の疑いがある場合
    注)「類似の医療事故を過失により繰り返し発生させた」とは、いわゆるリピーター医師のことであり、例えば、過失による医療事故死等を繰り返し発生させた場合をいう。

本制度が発足した場合には、地方委員会の調査結果を参考に、医療の安全の向上を目的として、システムエラーの改善、個人の再教育を重視した行政処分が速やかに行われることとされていることから、本研究班としては、従来の医療事故における刑事責任が問われた事例に必ずしも囚われずに、新しいカテゴリーを考慮する必要があると考えた。

i)故意による死亡又は死産の疑いがある場合

故意による死亡又は死産の疑いがある場合については、例えば、「点滴中に毒物を混入し患者が死亡した疑いがある場合」等の例が考えられたが、故意に該当する場合は医療事故ではなく故意犯と認識され、捜査機関への通知について研究班内に異論がなかった。しかしながら、委員会による調査は、あくまで医学的観点からの調査であり、周囲の状況から故意であることが明らかになることはあっても、捜査機関ではない委員会が故意性について積極的に調査することは求められていないと考えるべきである。

ii)当該医療事故等に係る事実を隠ぺいする目的で関係物件を隠滅し、偽造し、または変造した疑いがある場合

当該医療事故等に係る事実を隠ぺいする目的で関係物件を隠滅し、偽造し、または変造した疑いがある場合についても、大綱案に記載された内容以上の基準は不要であり、そのような事例を通知することについても研究班内で異論は出されなかった。i)と同様に、委員会による調査は、あくまで医学的観点からの調査であり、周囲の状況から隠ぺい等であることが明らかになることはあっても、捜査機関ではない委員会がそれらについて積極的に調査することは求められていないと考えるべきである。

iii)標準的な医療から著しく逸脱した医療に起因する死亡または死産の疑いがある場合

標準的な医療から著しく逸脱した医療に起因する死亡または死産の疑いがある場合については、その医療内容(技量、判断、診断、医療知識、など)の標準からの逸脱度を判断する同一の基準を設けることは現時点では極めて困難である。医学的な判断を行う医療安全調査委員会(仮称)としてはむしろ
故意に近い悪質な医療行為に起因する死亡又は死産の疑いがある場合
即ち、医の倫理の視点も考慮して、悪質度の高さを判断の基準とし、標準的な善意の医療行為からどれだけ逸脱したかで判断すべきとの提案がなされた。
悪意によらない誤った医療行為や知識不足に基づく医療行為については、個人に刑事罰を科すことで再発防止につながらないことから、医療安全の向上を目的とした行政処分(再教育、改善命令)で対応することが妥当との意見でほぼ一致した。一方で、上記のような例の中にも医療事故の発生状況を考慮すれば医療者の倫理にもとる悪質な通知対象事例があり得るとの意見もあり、今後の課題となった。
なお、本類型については、初めて行った場合については行政処分で対応し、行政処分を受けているにもかかわらず同様の医療事故を過失により繰り返した場合には通知対象とすべきとの意見もあった。

iv)類似の医療事故を過失により繰り返し発生させた疑いがある場合

類似の医療事故を過失により繰り返し発生させた疑いがある場合については、過去に医療事故で行政処分を受けたにもかかわらず、再度類似の医療行為を行い、それに起因して患者が死亡した場合に通知対象とすべきであるとの提案がなされた。
上記のような捜査機関への通知基準について議論を行うための前提条件は、第三次試案に提案されている医療安全の向上を目的とした行政処分を行う仕組みが構築されていることである。捜査機関への通知基準の検討と平行して、現行の刑事処分を前提とした行政処分の実態を改め、新たな行政処分の制度を具体化していくための検討を進めることが必須であることが、改めて確認された。

2)事例受け付けから調査開始までの手順マニュアル検討グループ(責任担当者 矢作・種田)

事例発生の第一報があった時からの受け入れ手順を検討し、「事例受け付けから調査開始までの手順マニュアル(2008年度版)」[刊行物(3)]としてまとめた。このグループで行った検討の詳細は第2グループの分担研究報告書に記載した。その要点は次の通りである。

a. 組織・人員

i)組織としては図3のように中央委員会の下に地方委員会と地方事務局を置き、その下に地方事務局都道府県支部を置く形が提案された。
(1)地方委員会
設置形態: 各ブロックに、20名以下のメンバー(医師、看護師、法律関係者、医療を受ける立場を代表する者等)からなる地方委員会を設置。
目  的: 調査を主目的とし、地方委員会の下に事例毎に調査チームを置く。また、事例受け付けについての判断も地方委員会が行う。
(2)地方事務局
設置形態: 各地方委員会のもとに、医師、看護師、事務職員からなる地方事務局を設置。
目  的: 地方委員会の事務的な補助を主目的とし、交替勤務制(事務職員)で24時間365日事例受け付けを行う。
(3)地方事務局都道府県支部
設置形態: 各都道府県に、医師、看護師、事務職員からなる地方事務局都道府県支部を設置し、平日日中に運営する。休日、祝日等については、オンコール体制とし、事例受け付けがあった時のみ初動調査に対応する。
目  的: 地方委員会が受け付けた事例の初動調査や調査チームの補助を行う。
ii)調査チームメンバー

事例毎に下記職種の約10名からなる調査チームを地方委員会が設置し、事例調査を行う。

  1. 解剖医:受け付け事例の解剖を実施。
  2. 臨床立会医:地方委員会が必要と認めた場合に、解剖機関が推薦し、解剖に立ち会う。事例の分野における専門家が望ましい。
  3. 臨床医:各学会よりあらかじめ推薦された医師。解剖所見や地方事務局都道府県支部が初動調査により収集した情報を基に調査報告書原案を作成する。
  4. 弁護士:各地域の弁護士会よりあらかじめ推薦された弁護士。
  5. 医療を受ける立場を代表する者

b. 受け付け体制

  1. 各ブロックに設置された地方事務局が交替勤務制(事務職員)で24時間365日事例受け付けを行う。
  2. 連絡を受けた事務職員は、依頼医療機関もしくは患者遺族に速やかな概要作成を依頼し、概要を地方委員会医師に示し、事例の受け付け可否の判断を仰ぐ。
  3. 夜間等、地方事務局都道府県支部が運営されていない時間帯に地方事務局で受け付けを行った事例については、翌日朝から初動調査が実施できるよう、地方事務局都道府県支部のオンコールに事例受け付けを行ったことを連絡する。

c. 評価委員選定基準

評価委員選定にあたっては、中立性を確保するよう十分な配慮をする。具体的には、事例が発生した医療機関の医療者は評価委員としては選定しない。また、可能な限り、同門の医療者も選定しないことが望ましいが、それが不可能である場合は、その旨を患者遺族に伝え、その上で公正な調査に努めることを説明する。

d. 初期の調査

  1. 地方事務局都道府県支部の医師、看護師及び事務職員が医療機関に出向く。
  2. 事故に関与した医療者への聞き取りは、地方事務局都道府県支部の医師が行う。
  3. 医療機関から資料提出を受ける場合、その範囲について地方事務局都道府県支部の医師が決定を行う。資料提出に際しては、原本を医療機関に残した上で複写を受け取り、医療機関での院内調査に支障を来たさないよう配慮する。
  4. 地方事務局都道府県支部では、調査を開始するにあたり、必要に応じて嘱託法律家に相談 を仰ぐ。

e. 受け付け可否基準

  1. 医療機関からの届け出の場合は、届け出基準に合致しているかどうか、受け付け時に地方事務局で確認を行う。届け出基準に合致していない場合は、医療機関に確認を行った上で、地方委員会医師に判断を仰ぐ。
  2. 患者遺族からの調査依頼があった場合はまず対応し、当面遺体があることを前提として受理する。調査委員会で対象とならなかったものについては、地域の「医療安全支援センター」を紹介する。

f. 解剖

(1) 解剖の実施に際しては、医療機関からの届け出の場合と、患者遺族からの調査依頼の場合で、場合分けをする。

<医療機関からの届け出の場合>
(2) 遺体は、亡くなったときのままとし、チューブ、カテーテル、ドレーン類は死後抜去しない。
(3) 医療機関からの届け出の場合、地方事務局都道府県支部の医師が、初期の調査の時点で、解剖担当医と協議の上解剖の必要性を判断する。解剖の必要性の判断については、解剖専門家から可能な限り全例で解剖を行うべきであるという意見が提出されたため、来年度以降、本分岐の設定の是非やその基準について検討を継続する必要がある。
(4) 解剖の必要性がない場合は、解剖を実施せず調査を開始する。
(5) 解剖の必要性がある場合、初期の調査の時点で、地方事務局都道府県支部の医師が解剖について説明を行い、解剖に対する遺族の意志を確認する。
(6) 解剖の必要性があり、解剖について遺族の同意が得られる場合は、解剖を行い、調査を行う。
(7) 解剖の必要性があるが、解剖について遺族の同意が得られない場合の取り扱いについては、班内で主に下記3つの意見があり、今後の検討課題となった。

  • 同意が得られない場合は、当面調査を実施しない
  • 同意が得られない場合は、解剖を実施しないで調査を実施する
  • 同意が得られない場合は、強制解剖を行う制度として調査を実施する

<患者遺族からの調査依頼の場合>
(8) 患者遺族からの調査依頼の場合、遺体がある場合とない場合がある。
(9) 遺体がある場合は、解剖の必要性をまず判断する。
(10) 解剖の必要性がない場合は解剖を実施せず調査を開始する。
(11) 解剖の必要性がある場合、初期の調査の時点で、地方事務局都道府県支部の医師が解剖について説明を行い、解剖に対する遺族の意志を確認する。
(12) 解剖の必要性があり、解剖について遺族の同意が得られる場合は、解剖を行い、調査を行う。
(13) 解剖の必要性があるが、解剖について遺族の同意が得られない場合については、当面調査を行わない。

<解剖施設>
(14) 遺体の保存、解剖の実施が可能な医療機関も事前登録する。この際、遺体の冷蔵保存が可能な施設であること
(15) 解剖は、解剖当番医と相談の上、解剖施設を決定し、遺体を解剖施設に搬送するための手続きを行う。看護師は、遺族を解剖施設へ案内する。
(16) 解剖医が当該医療機関に出向くことで、その医療機関での解剖も可能とする
(17) 祝祭日や夜間の解剖の可否については要検討

<補助手段>
(18) 解剖の補助手段としての死後画像診断(Ai)の利用については、別研究で今年度検討中であり、その成果を踏まえ来年度以降検討する。
<解剖への立会>
(19) 解剖時、遺族から立会い希望があった場合は原則受入を行う。
(20) 届け出医療機関担当者からの解剖への立会い希望があった場合及び、解剖担当者が届け出医療機関担当者の立会を必要と認める場合は、遺族に書面での同意を得た上で、立会を許可する。ただし、モデル事業においても解剖への届け出医療機関医療者の立会については、様々な意見があることから、今後引き続き検討する。

<説明及び報告書>
(21) 解剖終了後、解剖医から遺族及び届け出医療機関に肉眼的所見について説明を行い、院内調査を行う際に活用いただく。また、ミクロ所見についても、必要に応じて結果が判明し次第解剖医から遺族及び届け出医療機関に説明を行う。
(22) 解剖医が解剖結果報告書を作成し、調査チームにおける評価結果報告書作成するための基礎資料とする。
(23) なお、この解剖結果報告書と評価結果報告書の診断結果が必ずしも一致しないことがあり得ることをあらかじめ届け出医療機関および遺族に周知する。

3)解剖調査マニュアル検討グループ(責任担当者 深山・山内)

先行研究において作成された「一般医療機関での診療関連死調査のための解剖調査マニュアル案」(ver.3)をもとに、モデル事業解剖担当医を対象に2回のアンケート調査を行い、改訂作業を行った。その結果、改訂、作成した解剖調査マニュアル・解剖実施マニュアル案改訂ver6.2、Q & A案ver3をもとに、「解剖調査実施マニュアル(2008年度版)」[刊行物(4)]を作成した。このグループで行った検討の詳細は第3グループの分担研究報告書に記載した。その要点は次の通りである。

a. 第1回アンケート調査と改訂作業

モデル事業運営委員会の承認を経て、平成20年7月28日 モデル事業東京地域解剖担当医を対象に「一般医療機関での診療関連死調査のための解剖調査マニュアル案」(ver.3)を送付し、改善点についてアンケート調査を行った。これを受けて意見交換を行い、解剖調査実施マニュアル・解剖実施マニュアル案改訂ver5、Q & A案ver2.2を作成した。

b. 第2回アンケート調査と改訂作業

モデル事業運営委員会の承認を経て、平成20年11月18日 東京地域以外の9地域のモデル事業解剖担当医を対象に解剖調査実施マニュアル・解剖実施マニュアル案改訂ver5、Q&A案ver2.2を送付し、改善点についてアンケート調査を行った。
アンケート結果に基づき、マニュアル案を再度改訂し、解剖実施マニュアル案改訂ver6、Q & A案ver3、および「今後の課題」を作成した。

c. アンケート結果報告、解剖調査実施マニュアル(2008年度版)策定

平成21年2月10日 再度、アンケート対象者全員に解剖実施マニュアル案改訂ver6.2、Q & A案ver3、「今後の課題」を送付しした。回答を踏まえ一部の改訂を行い「解剖調査実施マニュアル(2008年度版)」[刊行物(4)]を作成した。
新制度が検討中であるため実施体制に関する課題は残っているが、今後、マニュアルの周知を行う中で、一般医療機関での解剖担当医が使いやすいマニュアルに改訂していく必要がある。

4)事例評価法・報告書作成マニュアル検討グループ(責任担当者 宮田・城山)

先行研究で作成された「評価に携わる医師等のための評価の視点・判断基準マニュアル(案)」(以下マニュアル案第1版)を実際の事例に当てはめながら、マニュアルの精緻化、適正化を図り、マニュアル案第2版(2008年版)[刊行物(5)]を作成した。このグループで行った検討の詳細は第4グループの分担研究報告書に記載した。その要点は次の通りである。

a. マニュアル案第1版の実地検証研究1

マニュアル案第1版を参照して記載された評価結果報告書を検証する予定であったが、この研究期間中には該当する報告書が提出されなかったため、検証できなかった。

b. マニュアル案第1版の実地検証研究2

既に提出されている評価結果報告書については査読意見が多数提出された。これらの意見をまとめると以下のようになる。

i)医療者側と患者遺族側のどちらからみても納得するマニュアルにする。

マニュアル案第1版では医療者の啓蒙に重点をおいたマニュアルとなっていたので、患者遺族の疑問にも対応できるように配慮したマニュアルであってもよいとの意見があった。

ii)記載例示を増やす、あるいは記載の具体的な表現を呈示する。
iii)言葉の使い方をもう少し詳しくする。
  1. 医療行為の適切性を表現する言葉をまとめる。
  2. 医学用語をできるだけ分かりやすくするガイドラインを示す。

c. マニュアル案第1版の用語・表現の仕方に関する検証研究

グループの法律関係者のメンバーを中心としてマニュアル案で用いられている用語・表現の仕方に関して法的立場からの検討が行われ、以下の意見が出された。

i) 透明性、公正性を保つという、法律家が参加することの意義を明示する。
ii) 報告書の位置付けを明示する。

医療機関に不利な結果となったとしても、評価結果報告書を公開することで患者との相互理解が進み、紛争解決に役立つ旨を明記する。

iii) 不作為型に対しても評価を行う事を明示する。
iv) 再発防止への提言に、将来に向けての問題提起を行う事を明示する。
v) 用語を統一する。また、他の意味に解釈され得る用語使用を避ける。
vi) 標準的医療の定義が不明確なため、「適切さ」の判断基準がはっきりしない。マニュアル中にどこまで具体的に記述するかは今後の検討課題である。

d. マニュアル案第2版(2008年度版)の作成

上記の検証研究の結果を踏まえ、マニュアル第1版を改訂し、第2版(2008年度版)[刊行物(5)]を作成した。

5)調整看護師(仮称)業務マニュアル検討グループ(責任担当者 永池・佐々木)

平成19年度の先行研究を参考に「調整看護師(仮称)業務マニュアル(2008年度版)」[刊行物(6)]を作成した。作成の際に行った検討内容については、第5グループの分担研究報告書に記載した。その要点は次の通りである。

a. 調整看護師(仮称)に必要な役割と機能、資質の明確化

i)調整看護師(仮称)の役割と機能

昨年度の研究で明らかとなった調整看護師の役割とは、(1)医療機関・団体、関係職種との調整、(2)遺族との調整、(3)医療機関や会合担当医・評価委員と遺族調整であった。今年度の研究においては、危機的状態にある患者・家族のケア経験がある看護師へのインタビュー結果を参考に、昨年度の「調整」の対象者を視点とする役割に加えて、調整内容をも配慮することで専門性を発揮した調整看護師の役割と機能を明確にし、本来業務を再整理する際の判断基準として活用した。
また、新たな制度においては、調整看護師の実践力と限りある時間を最大限に活用することが重要と考えられた。そこで、看護職者でなければできない業務を絞り込むためにも明らかとなった調整看護師の役割と機能を判断基準として活用した。
今年度の研究活動から導き出された調整看護師の役割とは、1)プロセスの進捗管理、2)調査委員会運営のための情報管理、3)関係者の支援(施設、遺族、評価委員会関係者)、4)医療安全対策の推進である。

ii)調整看護師(仮称)に必要な資質

死因究明の制度において調整機能を発揮する調整看護師には、いくつかの資質が必要となる。今年度の研究活動から導き出された資質とは、(1)医療安全対策の推進活動に必要な資質、(2)医療安全調査委員会(仮称)の企画・運営に求められる資質、(3)コンフリクトを抱えた対象者を理解した調整機能に求められる資質である。
なお、医療事故におけるコンフリクトやグリーフに対するケアは、新しく、その実践もまだ浅い。そのため、今後これらのケアについては、調整看護師による介入の是非等も踏まえた検討が必要と思われる。

b. 調整看護師(仮称)の実態把握と業務の再整理および「大綱案」との照合

今年度、標準看護業務マニュアル案の改訂にあたり、平成19年度のマニュアル案に示された調整看護師の役割と具体的業務内容および業務手順を参考に、相談・受け付けから評価結果説明会の段階まで、時系列的に調整看護師が関与する1つのケースの開始から終了までのプロセス・フローを基軸として業務を再整理し、また、「大綱案」と照合しながらマトリックス形式でマニュアル案改訂版を作成した[刊行物(6)]。
業務を詳細に分類し再整理する過程において、調整看護師の業務の煩雑さが明らかとなった。事務職との役割・分担、権限を委譲すると同時に、調整看護師と事務職との責任所在を明らかにする必要があると考えられた。そこで、必ずしも調整看護師が実施すべき内容ではないと考えられた業務を抽出し、マニュアル案改訂版では、「看護師業務」と「事務職業務」とに区分することで事務職の業務を明確に示した。

6)遺族等の追跡調査グループ(責任担当者 吉田)

対象は平成20年1月から12月までの1年間に評価結果報告会が行われた全事例(24例)の遺族と申請医療機関の医療従事者及び医療安全管理者である。
倫理面での配慮として、研究者が遺族や医療機関の情報に直接接することのないよう、モデル事業中央事務局が指定した事例について地域事務局が調査対象者に調査票を送付した。       調査依頼文中に本調査への協力は完全に任意であること、調査票への回答は無記名方式で行われ、回答者の個人情報と回答内容が結びつくことはないことを明記した。調査は多肢選択及び自由記述型のアンケート方式で、回答後は研究協力者宛てに返送していただいた。また、遺族についてはヒアリングに協力することを承諾した方々に対し、電話による詳細な聞き取り調査を行った。
このグループで行った検討の詳細は第6グループの分担研究報告書に記載した。その要点は次の通りである。

a. 遺族調査

24例中10名から回答があり(回収率41%)、そのうち3名に対し電話によるヒアリングを行った。

i)治療を受けた医療機関への印象

生前の治療に関する説明や対応については、「良い」、「まあまあ良い」との回答が1名ずつで、「あまり良くない」、「悪い」との回答が3名ずつであった。治療そのものについては「あまり不満なし(2名)」、「少し不満(2名)」、「不満(5名)」であった。また、医療ミスについては疑っていなかったのは1名のみであり、9名は医療ミスを疑っていた(「少し疑っていた(3名)」、「疑っていた(6名)」)。

ii)モデル事業申請に至る経緯など

ほとんどの遺族は主治医又は医療機関スタッフからモデル事業を紹介されている(10名)。その他「警察から勧められた(2名)」との回答もあった(複数回答)。
従来、モデル事業の呼称は内容が分かりづらいという指摘はなされており、遺族の立場としては葬儀に際して他の親族等への説明に苦慮するということがあったようである。解剖に対しては、やはり多くの遺族が抵抗を感じている(「非常に抵抗があった(4名)」、「少し抵抗があった(5名)」、「全く抵抗はなかった(1名)」)様子が伺える。
モデル事業に参加した理由として全員が「正確な死因を知りたい」と回答し、次いで「医療ミスの有無を知りたい(5名)」、「医学の進歩のため(2名)」、「死者のために最善をつくしたい(1名)」、「トラブルに備えて証拠確保のため(1名)」、「医療機関から協力を依頼されたため(1名)」、「家族の勧め(1名)」が選ばれた。

iii)運営上の問題点

モデル事業参加時の説明と参加後の齟齬や問題点として、多く指摘されたことは、これまでの調査同様、当初説明された期間より評価結果報告がかなり遅れたという点であった。具体的には、『報告までに1〜2ヶ月と聞いていたが、4ヶ月もかかった』、『あまりに遅いので機能していないのではと思い始めていた』、『報告会の実施まではなかなか気持ちが切り替わりません。遅くとも2ヶ月以内が良いと思います』、『結果が報告されるまでの期間が一年半と長かった』などの意見があった。予告した期限を過ぎる場合は特に進捗状況を報告するなどの配慮が必要である。
調整看護師による解剖中の付き添い等については好感を持てた点として、『遺族側に立っていると感じられた点』『不安な時、やさしく接してくれた』『混乱し、動揺していた私どもを落ち着いた態度で静かに導いてくれたこと感謝している』との記載があった。また、モデル事業に参加して良かった理由として『調整看護師の方が良い方だった』との記載もあり、遺族側に寄り添う存在として調整看護師は大切な役割を果たしていると考えられる。

iv)評価結果報告について

説明を受けた医療行為と死亡との関連についての評価結果報告については、「十分納得した(2名)」、「一応納得した(2名)」、「あまり納得せず(3名)」、「全く納得せず(2名)」と回答が分かれた。モデル事業参加前に、医療機関から受けた死因についての説明に対する納得度と比較すると、多少の改善は伺えるが、他方原因究明と医療評価を尽くしてもそれほどめざましい改善があるとはいえないのかもしれない。

v)モデル事業後の医療への信頼の変化等

モデル事業参加を通して、医療に対する気持ちの変化があったかどうかを尋ねたところ、4名が「診療を受けた医療機関や医療スタッフへの信頼については変化がなかった」と、3名が「悪くなった」と回答した。良い方に変化したと回答した遺族はいなかった。

b. 申請医療機関調査

24事例中、医療従事者6名(回収率25%)、医療安全管理者8名(回収率33.3%)から回答を得た。ヒアリング調査については、4名より協力の申し出があったが、日程の都合により、今回の報告書には間に合わなかった。

i)モデル事業に期待する役割と満足できた点

モデル事業に調査分析を依頼した際に期待した役割として、医療従事者は「専門的な医療評価(6名)」、「公平な調査(6名)」、「専門的な死因の究明(4名)」、「遺族との関係改善(4名)」、「遺族への情報開示(4名)」を挙げた回答者が多かった。
実際にモデル事業に参加したうえで満足できた点については、「専門的な医療評価(6名)」、「専門的な死因究明(4名)」、「公平な調査(3名)」を挙げている回答者が多い。
同様に、医療安全管理者は「専門的な医療評価(7名)」、「公平な調査(6名)」、「評価を事故予防へ利用(5名)」、「専門的な死因の究明(4名)」、「遺族への情報開示(4名)」、「トラブルに備える(4名)」をモデル事業に期待する役割として挙げる回答者が多かった。
実際にモデル事業に参加して満足した点については「専門的な医療評価(6名)」、「遺族への情報開示(4名)」、「公平な調査(4名)」という回答が多数を占めた。

ii)モデル事業利用時の不安

モデル事業に調査分析を依頼する際に感じた不安や懸念について尋ねたところ、医療従事者は「解剖しても必ずしも死因がわかるわけではない(4名)」、「裁判で不利な情報として用いられるかもしれない(3名)」、「調査結果が出るまでに時間がかかるかもしれない(3名)」という回答者が多かった。
一方で、医療安全管理者は「解剖しても必ずしも死因がわかるわけではない(6名)」、「調査結果が出るまでに時間がかかるかもしれない(4名)」、「警察への届出が免れるわけ ではない(3名)」、「裁判で不利な情報として用いられるかもしれない(3名)」という回答者が多かった。

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