当研究班について

D. 考察

政府が検討している中立的第三者機関としての医療安全調査委員会(仮称)では、診療関連死の原因究明と再発防止策の提言等がなされることとなっている。その円滑な運営のためには調査等に関わるマニュアルを作成すると共に、それに基づいた調査等を行うことのできる人材を育成するための研修プログラムや遺族の心理等に配慮した適切な対応が行える人材を育成するための研修プログラムの開発が必須である。本研究はそうしたマニュアル類を作成し、それの実践に必要な人材の研修プログラムの基本骨格を提案するものである。

本研究の成果により、医療安全調査委員会や院内事故調査委員会での死因究明や再発防止策の提言に向けた作業が円滑に進められることとなり、そのための人材の育成が可能となり資質が向上するものと期待される。もって国民にとって安全・安心な医療の確保や不幸な診療関連死の防止等に寄与することにより、国民の満足と保健衛生の向上がもたらされる。

医療機関からの届け出については、図2のフローチャートと具体例を新たに提案した。捜査機関への通知基準については、故意、隠ぺい、隠滅、偽造、変造等については異論がなかったものの、「標準的な医療から著しく逸脱した医療に起因する死亡または死産の疑いがある場合」に含まれる事例については様々な意見が提出され、今後多様な視点から検討を継続していく必要がある。

捜査機関への通知基準を検討する際の大前提は、第三次試案に提言された新たな行政処分の仕組みが存在し、機能していることである。捜査機関への通知基準の議論と平行して、新たな行政処分制度についても早急に具体化していくことが、今後必要である。

事例の受け付け業務プロセスについても一定の流れを提案できた。死因究明調査は解剖を実施することを前提としているが、解剖をしない事例の調査実施の可能性については今後の検討が更に必要である。解剖の補助手段としての死後画像診断(Ai)の利用については、別研究で検討中であり、その成果を踏まえ来年度以降検討する。

調査解剖については新制度が検討中であるため実施体制に関する課題は残っているが、モデル事業における解剖調査の実際を反映した「解剖調査実施マニュアル(2008年度版)」を作成することができたので、これを今後の事例に活用し、一般医療機関での解剖担当医が使いやすいマニュアルに改訂していく必要がある。

評価結果報告書に求められる基本要素は「専門性」、「透明性」、「公正性」である。専門性は医療界が全面的にバックアップし多くの医学専門学会が参加することが条件となる。透明性を担保するには可能な限り非医療従事者にも分かりやすい表現で評価結果を記載し、その報告書を匿名化した上で公開し、社会と情報を共有することが必要である。公正性のためには申請医療機関及び患者遺族の両者の疑問に対応するような記載、地域差や評価者の違いの影響が最小限となるような評価となる必要があり、医療者のみでなく医療事故分析の経験のある法律家が参加することも重要である。専門性、透明性及び公正性を備えた報告書が作成され公表されることで、医療の透明性が高まり、遺族の医療の不確実性等の医療の現況に対する理解が深まることが期待される。

今回改訂されたマニュアル案「評価に携わる医師等のための評価の視点・判断基準マニュアル案(2008年度版)」は上記の基本概念を記載したうえ、評価視点、評価基準、表現用語、臨床経過の具体的な評価手順、システムエラーとしての評価などこれまでの問題点への対処法をより分かり易くできたと思われる。このマニュアルを利用することで評価者によるばらつきを減らし、また、評価者の負担も減らすことが期待される。

本研究において、調整看護師(仮称)の役割・機能の詳細を明確にしつつ、現在、モデル事業で各地の調整看護師(仮称)が活用している業務マニュアル案を吟味し、「大綱案」を踏襲した標準業務マニュアル案へと改訂した。今後は改定された本業務マニュアルが死因究明の制度創設において活用されることで、看護師が看護の専門性や本来機能を発揮し、かつ、全国的に統一された業務を遂行することで制度の円滑な運営に資することを期待する。

また、医療安全調査委員会(仮称)における調整看護師(仮称)の人員確保と配置、さらには調整看護師(仮称)のキャリア形成やネットワーク作り、グリーフケアなどの課題については、次年度の研究として引き続き検討したい。

遺族と医療機関の回答及びヒアリング内容の比較から、両者の認識の違いとして、[1]医療従事者の認識より遺族の診療中の説明に対する満足度は低いこと、?モデル事業参加後の両者の関係は医療機関が改善したと考えているのに対し遺族は改善していないと考えている傾向にあること、?評価結果の説明について遺族と医療従事者の間で理解した内容が異なっている場合があることが示された。これらの点はこれまでの調査とも一致する内容である。モデル事業は原因究明と医療評価によって、第三者評価を提供するものではあるが、モデル事業に依頼することによって診療を行った医療機関の説明責任が免除されるわけではない。この点が医療機関に理解されていないおそれがあると考えられる。

今後の課題として最重要と思われるのは、評価結果の再発防止への活用である。遺族は評価結果が有効に活用されると期待している。モデル事業や、設立が予定されている医療安全調査委員会(仮称)の第一の目的が医療安全の向上と事故の再発防止であることに鑑み、評価結果が最大限有効に活用されるような方策を考えることが必要である。さらに、その後医療機関で行った取り組みが遺族に全く知らされていないことは医療の信頼確保の点からは改善を要すると考えられた。

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